アファーマティブどうこう

大学の女性限定公募の話を発端に、アファーマティブ・アクションどうこうが話題になっている。
色々議論されているが、個人的にこういうのがダメなんだよな~と改めて感じたポイントをいくつか挙げる。

欧米どうこう

いい加減飽きてきたが、欧米の情勢が正しい、優れてるとは限らない。国際比較の際は良い面も悪い面も見ましょう。文化や社会制度の違いも考慮しましょう。
なお米国ではマイノリティを選考の候補に入れる的な試みは盛んだが、直球の性別限定公募は普通に違法になるはず。気持ちだけが先走ってノリノリになっている人たちは、欧米の情勢すら正確に把握しているのか怪しい。
この辺を踏まえてない議論はダメ。

個々人の意思

研究者に限らず、なりたい人間が少なければ、なる人間も少ないのは当然である。
個々人の意思を反映した結果に対し、公権力でテコ入れするのが妥当なのかは、難しいバランスの問題である
功利主義的にいうと、個々人の意思を反映した結果生じたジェンダー不均衡という事象があるとして、それがトータルで社会的厚生をどの程度損なっていて、それを変更することに社会がどれだけのコスト(犠牲といってもいい)を払うことが妥当であろうかという話である。
この辺を踏まえてない議論はダメ。

アンコンシャス・バイアスやら

個々人の意思をどうするかという話をすると、すぐ社会構造とかアンコンシャス・バイアスとか賢しらなワードが出てくるが、個々の因子が具体的にどの程度影響しているのか、どの程度問題なのか、量的に(あるいは多面的に)検討することもなく、勝手に支配的だということを前提にしてスタートしてしまっているのが散見される。
定性的な話だけから、あまり強い主張はしないようにしましょう。やたらと因子を増やす前に、一つ一つ丁寧に検討しましょう。
この辺を踏まえてない議論はダメ。

ところでトランスジェンダー

ジェンダー不均衡という時、どういう扱いになるのだろうか。別にどちらでもいいが、どうもしないならアファーマティブどうこうの話をする時はもうジェンダー論は白紙に戻して議論した方がよさそうである。